二人目のこと

妊娠、そして初期流産の話。

タイトル通り、3月に妊娠がわかり、その数週間後に流産しました。

暗い話になりますが、もう少しで1ヶ月経ち、流産後の診察も終わったということもあり、たった数週間でも居た命のことを書き残したいと思います。
ちょっと長くなります。

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私の場合、進行流産→完全流産(自然流産)となりました。
8週位だと思うのですが、診断書では「6週」となっており、大きさ的に6週位だったんだろうなぁと思います。

3月にディズニーランドに行ったのですが、その旅行の時に「生理にぶつからないといいなー」と思ったのが妊娠判明のきっかけとなりました。
旅行の時までに来なかったら遅れすぎじゃない?まさか??という感じでした。

旅行から帰ってきて、検査薬で調べたところ薄い反応が。
まだ病院行っても胎嚢が見えるかどうか微妙なころかな?と思いその1週間後位に近くのクリニックへ行きました。
その1週間後でもまだ微妙だったようで、胎嚢は見えたけど「胎嚢だけ」だね、と言われ週数的に胎嚢も小さいし、このまま流産の可能性も否めないというようなことを言われ、始めから不安だらけの日々を過ごすことになりました。。。

今思えばここで大体のことは決まっていたのかな?
頑張って頑張って大きくなったけどお空へ帰ってしまったのかな?と未だに思います。

心拍確認できるまでは不安で不安で、毎日検索魔になってました。
息子の時も、初期のころ期待したほど成長していないことがあって検索魔になっていて、検索してもマイナスなことしか見ないからいっそのこと見ないで過ごしたほうがいい、と散々学んだはずなのに同じことをしてました。

初期流産は妊娠全体の15%程度に起き、40代の流産率は40%というのは息子の時から調べていたし、今回改めて検索して理解していましたが、自分の身に起きると「まさか」「どうして?」としか思えない状態でした。
流産自体、染色体異常が多いことが原因だから「○○したから」とかお母さんがいけないとか自分を責めてはいけないと、ネットでも病院でも言われましたが、ここしばらくはクヨクヨと考え込んでいました。

私の場合は、心拍は確認できましたが、微量の出血から始まり、だんだん量が増え生理のような状態になり、そのまますべて出て、自然流産となりました。

出血は息子の保育園の卒園式の日に始りました。
出血は卒園式にそろそろ行かないと!というタイミングで始ったので、そのまま卒園式に行き、帰りにクリニックへ行きここまでは赤ちゃんの無事が確認できました。
この時心拍も確認できました。先生は「安静にするしかないね。何かあったら電話してね」と言っていました。

次の日になっても出血は止まらずクリニックへ電話すると「もう安静にしているしかないんだよ」と半ば怒られ気味に言われました。
初期流産はどうしても止めることはできないから病院へ行っても仕方がないということは分かっていましたが、例えば「大量に出血したら~」「お腹が痛くなったら~」という場合のことを言ってくれたらあんなに不安で心細い時間が過ごさなかったのにな、と思います。

この日は息子は夫と夫実家へ行ってもらっていました。
朝からお腹が痛くて寝込んでいたので。。。
一人で横になっていたのですが、夕方トイレに行くと大量出血。

びっくりして、どうしよう、このまま様子見・・・?と不安が倍増に。

とりあえずクリニックとは別の分娩予約をしていた病院へ電話してみました。
(クリニックはもう閉まっていたので)
状況説明すると「病院へきてください」とのこと。

タクシーで病院へ行き、夫には病院へ行くことになったと電話。

診察してもらうと、胎嚢がもう子宮口まで来てて出かかっていると言われました。
「そのまま留まって妊娠継続の可能性は?」と聞くと、「うーん、厳しいです。」とのこと。
このまま自然に出てくるのを待ってみて、なかなか出てこなかったら流産手術をしましょうと言われました。

自宅に帰って出てくるのを待つのもいいが、出てくるまでかなりの腹痛を伴うこと、大量出血になって具合が悪くなる可能性もあり、子どももいるから自宅でお世話しながら・・・というのは無理なので家で休めないなら入院したほうがいいのでは?と言われ入院することにしました。

2泊3日の入院。
息子はその間夫実家で見てもらうことになりました。
家で息子といてもかまってあげられないしと思って入院したけど、夫実家に夫と泊まらせて「ママがいない」という状況に置いたのも後々かわいそうだったな・・・と思いました。
・・・どのみち出産時はそういう状況になるんだけどね、でもこの時は自分のことしか考えられなくて息子にホント申し訳ないことをしたな、という後悔ばかりの日でした。

看護師さんが痛みが和らぐようにと湯たんぽを持ってきてたおかげもあったのか、それとももう流産が進んで終わりに向かっていたのか、入院生活が始まるとお腹の痛みは弱くなっていきました。
自然流産は激痛と共に内容物が出てくる、と聞いたので覚悟していたのですが、私の場合はそれほどでもなく、最終的に入院3日目の診察で子宮の中にほとんど残っておらず、先生の処置で診察は終わり、手術は不要と言われました。

退院後もしばらく出血しましたが、10日ほどで収まり、流産後の診察で子宮の状態は問題なしと言われました。
入院中に診てもらった時の子宮の内容物の病理検査も異常なしでした。

先生には次妊娠を希望するなら2回生理を見送って、と言われ、私自身迷っているのもあるので今後どうするからわからいのですが、「年齢的に焦るなら・・・そうね・・・1回生理来たらタイミング取ってみてもいいよ」と言われました。

思い返すと、2月終わりから3月にかけて息子の赤ちゃん返りがはじまって、保育園卒園→幼稚園入園だから不安定なのかなぁ?と思ってましたが、息子なりに私の変化に気づいていたんですね。
先にも書いたけど、妊娠がわかってから私自身に余裕がなくなって、甘えたがる息子に冷たくしてしまったり、ちょっとしたことで怒ってしまったりと謝っても謝り切れないな、と思っています。

入院中、話を聞いてくださった看護師さんはとっても良くしてくれて、私の話もうんうんと聞いてくれ、「自分のことを責めたりしないで」と何度も言ってくれ、息子について私が冷たくしたことも私を責めたり説教するでもなく、受け入れてくれ「息子ちゃんのことおうちに帰ったらいっぱい抱っこしてね。ママが大好きだからね」と優しく言ってくれて、涙が止まりませんでした。

なんだかとりとめもなく思い出しながら書いてるのでまとまりがない気もするけど・・・
ちょうど最近「二人目生まれました」という話も聞いたりしたこともあり、心はまだ穏やかではいられないのですが、他の方の妊娠出産話を聞くと、すべてが順調です、というものではないということを自分の経験も含めて改めてそうだよな、と思いました。

なので次に向けてのことはまだわからなくて、一時は一人っ子でいいや、と思っていたのに、今回の妊娠で「生みたい」という執着心があるのも事実で・・・
このあたりのことはまた別にまとめて書きたいなと思います。

数週間の命だったけど、私のところに来てくれてありがとう、と思うまで正直時間かかりました。
何でいなくなったの?なんでなんで?ばかりでした。

読んでいる人は少ないブログですし、参考になることは書いていないけど、「こういうことがありました」ということで、「ここに同じような経験をした人がいるんだ」と励みになれば・・・と思います。
・・・励みになること書いてないか(-_-;)
まぁ、一人じゃないんだよ!って言いたくて。これは自分自身にも言い聞かせていること。

ありがとう。

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